2011年2月24日木曜日

菜食対肉食と地球の飢餓問題

菜食主義のいい分のひとつに「これだけ地球人口が増えた今、みんなが肉を食べていくことは、持続できない。世界中の人が菜食になれば、飢餓問題は解決する」というもの。

そう、確かに、植物を育てる方が、動物を育てるより、エネルギー効率がいいのよね。牛や羊を育てるのには、大きな土地が必要で、その土地で代わりに植物を育てた方が、たくさん食べ物ができる。

これは、私も反論ないです。

ただ、ひとつ考えてほしいこと。人類の人口増加は、農業の進歩とともにあったこと。

* 約1万年前、最後の氷河期が終わり、農耕が始まる。同時に、それまで(狩猟採集のころ)ほぼ安定していた人口が増加を始める。人口が増えたからこそ、大変な労働を伴う農耕を続けざるを得なくなる。
* 同様に、農業技術の進歩があると、その度に人口は増える。青銅器に代わり鉄の農具が広まった時。牛や馬を家畜化して農作業に使い始めた時。灌漑技術が進歩した時。輪作の技術が確立した時。遺伝学を使って、品種改良が進んだ時。現代の、機械化と化学肥料や農薬による増産もそう。

つまり、それまで飢餓があって、人口増加が頭打ちのところへ、新しい農業の技術革命があって、食べ物が増えると、あっという間に人口も増え、再び飢餓がおこる。人類の歴史はこのいたちごっこなの。

だから、私たちは、残酷な真実に直面しないといけない。飢餓による人口コントロールがいやなら、別の方法で人口を減らしていくこと。(注。戦争とかの大量殺戮をすすめているわけではありません)(←ブラックユーモアのつもり)

そうしないと、人口は増え続け、その結果、飢える人がでてきてしまうこと。

確かに、現在の地球人口は、みんなに良質のお肉を供給できるレベルを、はるかに超えています。でも、だからって、みんなが菜食になれば問題が解決するわけじゃないの。それは、仮に解決しても、一時的なことで、もっと別の方法で人口をコントロールしないと、すぐにまた飢餓問題がおきてしまう。

何百年かかるかわからないけれど、そうやって適正人口になった地球では、肉食という文化もありうると思う。

つまり、これは「肉食か菜食か」という問題ではなく、人口の自主的なコントロールの問題だと思う。

ついでにいうと、畜産のおこす環境破壊問題も、これと同じだと思う。これまでの、農業の収量増加を見込んだ無制限な人口増加が本当の問題で、適正人口になれば、その人たちの食べる分の動物を育てる余裕は、環境の中に自然に備わっていると思う。

最後に、「これだけ地球人口が増えた今、みんなが肉を食べていくことは、持続できない。世界中の人が菜食になれば、飢餓問題は解決する」という人道的立場で菜食主義を勧める人たちは、化学肥料や農薬の使用と、そのための環境破壊問題をどう考えているのだろう。地球人口は、みんなにオーガニックな農作物を供給できるレベルも、超えている。だから、仮に、全員が菜食になっても、農薬などを使っていかないと、飢える人がでてしまうんだけど。

つまり、人口のコントロールをしない限り、菜食でも肉食でも、飢餓は終わらないし、環境は破壊され、私たちは自滅する



朝起きたら、雪だった。2センチくらいかな。このへんでは、これでもビックリ。昨日、買い出しにいっておいてよかった。

ここのところ、寒い。先月の方が暖かかった。10度超す日が多かったもの。日はどんどん長くなっていて、桜や梅が咲いているんだけど。

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1 件のコメント:

  1. 大規模農業に依存する中央集権的発想であれば人口問題は発生します。
    が、ローカリゼーションや地の物、一物全体食にすれば
    食糧はまかなえて持続も可能だという説もあります。
    菜食でも肉食でも変わらない、と結論を出すのは早くないですか。

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