2013年2月27日水曜日

エビデンス(根拠)というものの危うさ

日本でも、「根拠に基づいた医療」という考え方が普及してきたようだ。(根拠:エビデンス:evidence )

ちゃんとした実験・研究の結果に基づいた医療は、もちろん、理論からの推論で「こうなるはず」でやっている医療や、医師の個人的経験に過大に頼る医療より、信頼性は、高いんだろう。ただ、問題がないわけじゃない。

問題1。エビデンスの信頼性のチェックをしているか。
実験は、ただすればそれでいいわけじゃない。適切な方法で対照実験をしているのか、対象の数は充分か、など、いろいろチェックするべきことがある。適切な実験なら、他の人がもう一度、確認の実験をして、同じ結果が出るはず。

いや、同じ結果が出たからって、まだ、すっかり信用できるわけじゃないけどね。もとの実験をした人も、確認実験をした人も、同じ先入観による誤りを犯しているかもしれないから。

問題2。エビデンスを、すべて熟知しておくのは、専門家にとっても、大変だ、ということ。
実験や臨床報告は、ものすごい量になる。多くは、英語だ。「超・糖質制限食の危険」で取り上げた Perfect Health Diet の作者は、米人で、肩書きによるとすごいインテリだけど、その人でさえ、「すべての資料を読んでおくのは、事実上、無理」といっている。

まして、日本のお医者さんや大学の先生は、そういうのを、どの程度読み込んでいるのか?(「日本は、今も、情報の鎖国」の件ですね)

つまり、お医者さんが「こういうエビデンスがある」という時、意味しているのは、「私は、こういうエビデンスを読んだことがある」ということ。まるで違うエビデンスがあるのかもしれない。

同様に「こういうことをすると害がある、というエビデンスはない」という時、意味しているのは、「これに反するエビデンスを、私は(寡聞にして)知らない」ということ。

どんな偉い学者でも、すべてのエビデンスを熟知してはいないのよ。そこを勘違いすると、「アルジャーノンに花束を」みたいなことになっちゃう。私としては、お医者さんとか、健康情報を書く人には、そういう謙虚さを期待したい。

また、このへんを鑑みて、数多のエビデンスを統計的に処理するシステムもできてきているけど、科学というものが現在進行形で変化しているものである以上、これも、完璧は期待できないと思う。

***
なんか、最近、このブログの閲覧数が、ますます増えているんですよね。更新が遅れているのに。昔の努力が、今報われているようで、ありがたいことです。(いやぁ、本業の方のブログでこれだけの閲覧数があったら、生活ラクになるんですが。。。)

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5 件のコメント:

  1. こちらから出失礼させて頂きますが、リーディング希望なのですが、うまくメール送信できません。アドレスを教えて頂けますでしょうか。

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  2. あ、あれ、、どうして、私の本業の問い合わせがこちらにきてしまうんでしょう?
    akemi @ yes-to-me.com (スペースはなくしてくださいね)です。

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  3. 本業はなにをされてるんですか?よかったらそちらのブログを教えていただきたいのですが。

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  4. えー、なんか、余計なこと、書いちゃいましたかね?恥ずかしいなー。
    いえ、別に、悪いことしているわけじゃないんですが。食べ物とは、関係ないことなので。
    本業について書くかどうか、ちょっと、考えてみますね。

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  5. あ、ブログ見つけてしまいました。笑
    アケミさん有名な方だったのですね。英語は不得手なんですが、頑張って理念を学ぼうとおもいます^^
    日本語でもどんどん拡散していったほうがいいのではないでしょうか。ここの読者さんは興味をもたれるとおもいます。

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